信長・秀吉・家康、一番好きなのは誰?

11月18日


信長・秀吉・家康、武将で一番好きなのはと聞かれると、
一番好きなのは徳川家康です。
そして次に好きなのは織田信長です。


ブログネタ:信長・秀吉・家康、一番好きなのは誰?



彼らが好きな理由について、いちいち、こと細かく述べると、
とてつもなく文章がながくなるので、

俺が好き、(あるいは印象に残っている)
徳川家康のエピソードを幾つか挙げて説明させていただきたいと思います。

◎武田家の遺臣達を匿う

武田信玄をはじめとする武田家の面々に長年に渡り苦しめられた家康ですが、
武田家滅亡後は、織田信長の武田家残党狩りから
武田家の遺臣達を匿っています。


普通なら長年敵対した相手など助けたくないと思うはずなのに、
その敵を助け、自分の部下として雇いいれる。

何というかすごく心が広い武将だなと思います。


◎人情味がある

忍耐強い冷徹なリアリストというイメージが強い家康ですが、
本多忠勝と真田信之の嘆願を聞き、
自分に敵対した真田昌幸・幸村父子を助ける等、


悪く言えば、情に流されやすい一面、
よく言えば、人の人情を理解する一面があるとも言えます。


人の上に立つ人間としては、現実主義一色ではなく、
人情を理解する心をもつ事が必要不可欠なのだろうと思われます。


◎三方ヶ原の戦い

武田信玄が上洛の際に、家康の領土(遠江)に侵攻、
信玄は素通りしようとした時、

家康は『素通りすれば、自分の民、世間から臆病者と言われる』
と思い、勝ち目が薄い戦いなのに、
武田信玄に戦いを挑みました。

結果は屈辱的な惨敗でしたが、
俺が知る限りでは
家臣や民がこの戦いを機に一気に彼を見限るという事はなかったらしいです。
(確証がないので憶測的な言い方になってしまいます、申し訳ないです)

子供の頃、
『勝ち目が薄いのに、戦いを挑むなんて、無謀すぎるのでは』と思いましたが、
例え、100%負けるとわかっていても、
自分の民や部下の信頼の為には、挑まねばならぬ時があるのだなと
最近思う様にもなりました。


果たして自分にもそんな時が来た場合、挑む事ができるのだろうか?
(自分は根が臆病者なので、おそらく100%できないだろうと思います)



織田信長については、こまかく述べると、
(織田信長についてはコネタマ関係なく別の記事で
述べたいと思いますが)


たださえ長い文章がすごく長くなるので
簡潔にまとめますと、


秀吉夫婦の夫婦喧嘩の仲裁や、
自分が直接結んだ同盟を自分から破る事は一度もない程
律儀な性格をしている等、


単なる冷酷非情ではない。
意外な一面を色々ともっている部分が魅力的だと思います。


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