『野比家のルーツ』補足 その3

9月19日

この記事は
2012年に掲載しました『野比家のルーツ』(詳しくはコチラ)の補足記事です。


この『野比家のルーツ』補足については、
できることなら、のび左エ門の時代からセワシの時代について、
その時代背景みたいなものを、順番どおりに簡単に述べることができればいいのですが、時代によっては、その時代背景を理解するには、自分には何かと時間がかかるので、順番どおりに述べられないことをご了承いただきたいと思います。


(3)セワシの時代

野比のび太から数えて5代目の子孫にあたる少年、野比セワシ
彼が生きる時代は22世紀の日本の東京である。

この『ドラえもん』にでてくる22世紀の東京、
そのイメージを一言でいうと、現代の視点からみれば、
オーバーテクノロジーといって過言ではない様なレベルのハイテクに次ぐハイテク、まさにハイテクのオンパレードみたいな夢の様な都市である。

では、具体的に、どれだけハイテクなのか
なるべくわかりやすく述べてみますと、

まず、22世紀の東京には、天気局なるものがある。
名前からして、天気予報でもおこなう局なのかなと思いきや、そうではない。
予定通りの天気をつくるというすごすぎる局なのである。

また、22世紀の東京にも、無論空港があるが、
その空港から行き来する舞台は宇宙である。
しかも、宇宙へは、家族旅行の感覚程度で行けるのである。

さらに、旅行といえば、
ご存知の通り、あらゆる時代にいける道具であるタイムマシン
そのタイムマシンを利用したツアーも存在した。

何よりも、ネコ型ロボットが22世紀の東京には、いたるところにいた。
つまり、ドラえもんが使用さしていたひみつ道具も22世紀の東京には、日常のごく普通の風景としていたるところに、使用されていたことになると思う。

余談だが、ロボットは何もネコ型ロボットだけではない。
工事用や子守り用等、色々な種類のロボットが、人々の生活の中にとけこんでいた。

さて、22世紀の東京、
まさにハイテクのオンパレードみたいな夢の様な都市であるから
当然といえば当然なのかもしれないが、一般市民の日常生活も
ハイテクのオンパレードである。

そんなハイテクのオンパレードに文化の恩恵は、
100年以上前の時代の人間である野比のび太の借金が22世紀になっても
返済できず、そのせいでお年玉が50円と嘆くセワシのいる
22世紀では、貧乏な家庭であるはずの野比家にも与えられていた。


画像




例えば、愛蔵版『ドラえもん』20巻によると、
一戸建てなのか賃貸マンションの一室なのかはわからないが、
少なくとも、22世紀の野比家には中庭がついていた。
しかも、その中庭は、海でも山でも好きなように景色を変えられた。

また、窓はボタンひとつですきとおったり、壁とおなじになったりする窓
レストランからできたての料理がおくられてくる出前テレビ
100インチ立体カラーワイドテレビ、無重力寝室、
さらには、タイムマシンだけでなく、ネコ型ロボット
つまり、ドラえもんを22世紀の野比家は所有していた。

22世紀の貧乏な家庭であるはずの野比家でも、
ハイテクのオンパレードの文化の恩恵をそれなりに、うけているのである。
多分他の家庭でも、これと同等、それ以上の文化の恩恵をうけていると思われる。

まさに、現代の東京とは、別世界といっても、過言ではないぐらい
超ハイテクの都市である22世紀の東京、

これだけのハイテクを22世紀の東京にもたらすもの、
(はっきり言って、上手く言えないが)
それは、科学が万能の存在のごとく文化や経済・医学だけでなく、
天気などの自然現象等に及ぼしているのであり、
その科学を生み出す人々の叡智が20世紀よりはるかに高まっていたからだと思う。

『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイは
「いつか、人は時間さえ支配できるさ」といっていたが、

『ドラえもん』の22世紀の人々は、
自然現象だけでなく、時間すら物理的に完全に支配できるぐらいだから
その叡智の高さたるや、『マジでハンパねぇ』といった感じである。

まさに、自然現象や時間さえも制覇した、
時代そのものが豪気すぎるといっても過言ではない22世紀、 

(勝手な想像なので間違っている可能性も大いにあるが)
そんな豪気すぎる時代に生きる22世紀の人々には
「人の叡智と気概は、いかなるものも乗り越え、制覇できるものだ」といった思いが20世紀の人々の数十倍、いや数百倍は強く根付いているのかもしれない。 いや、もしかしたら、強く根付きすぎているといった方が正しいのかもしれない。 その強く根付きすぎているがゆえの傲慢と鈍感も表裏一体であるかもしれない。

さらに、上手く言えないが、
そんな時代に生きる人々の間には、色んな脆弱というものが、存在しないのかもしれない。 いや、もしかしたら、色んな脆弱というものの存在自体を一切認めていないといった方が正しいのかもしれない。


だからこそ、イージーホールの様な存在が出現したのかもしれない。

まぁ、それはともかく、
そんな豪気すぎる時代がもたらす文化の恩恵をうけて育った野比セワシ、
彼がのび太と瓜二つなのに、頭脳も運動能力も
どうみても、のび太とは比較にならぬほど優れているのも、
具体的な根拠はないけど、何となくうなずける。


さて、全くの余談だが、
愛蔵版『ドラえもん』20巻によると、
はっきりと『彼等がセワシの両親です』としめされているわけではないので、
違う可能性もないとはいいきれないけど、
多分セワシの両親だと思われる人達も登場している。


画像

〔↑セワシの両親と思われる人達〕


多分、セワシの父親と思われる人は、野比のび助に瓜二つである。
また、セワシの母親と思われる人は、何というか、
いかにも家庭的な人といった感じのイメージだと思う。

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