小説版『機動戦士Zガンダム』を読みました(その6)

2月7日

※文章がとても長いので、何回かの記事にわけて述べさせていただいています。

カミーユ・ビダン(後編)

(4)アムロとカミーユの母への想いについて

アムロとカミーユ、当然、彼等にだって母親はいるが、
彼等は共通して母親との縁が薄い感じがある。
(さらに言えば、その母親との縁の薄さが、
彼等の性格を形成している
大きな要因の一つにはなっているのかもしれない)


全然上手く言えなくて申し訳ないけど、
同じ母親との縁が薄いといっても、
その事への彼等の想いというか過程みたいなものは、
大きく違っている様な感じである。

アムロ・レイの幼い頃、父親テム・レイと母親カマリア・レイが
コロニーに住むかどうかで意見がわかれた。
その結果、母親は地球に残り、
アムロは父親とともにコロニーで生活することになった。

それから、時が流れ、皮肉なことだとでもいうべきか
アムロは一年戦争時に母親カマリアと再会した。
当初は再会を喜び合う2人だったが、
アムロは、カマリアの記憶にある、かつての幼子ではなく
ジオン軍と戦う連邦軍兵士である。

そのことを、カマリアは理解できなかった。
アムロは「今は戦争中だ(だからこそ、敵が攻撃をしかければ
自分も攻撃をするのだ)」と言っても、

結局カマリアは理解できず、息子の変貌を嘆くばかりであった。
母親が理解してくれないことにアムロは言った。
「母さんは、僕を愛してないの?」と

カマリアは、「子供を愛さない親がいるものか」と言うが、
息子は、母親が愛してないから理解してくれないと思ったのだろうか
それとも、兵士として生きる今の自分を母親は
決して理解してくれることはないだろうと
思ったのだろうか。

母親と別れる際、アムロは、惜別の涙をみせることもなく
ただ「お達者で、お母さん」と敬礼するだけだった。
多分だけど、この時からアムロは
母親に情愛と理解を求めるのは完全に止めたのだと思う。

その後も
アムロは思春期の少年らしく
年上の女性であるマチルダに舞い上がることはあっても、

小説版『機動戦士Zガンダム』にて
後に「ララアは俺の命だった」と言うぐらい
ララア・スンとニュータイプとして共鳴しあうことはあっても、

女性に『母親』というものを求めることはなかった様に思われる。

画像

〔↑MSZ-008 ZⅡ (※1)

(※1)Zガンダムの発展型 変形機構はZガンダムより単純なので
生産性も向上、そのうえジェネレーター出力及びスラスター総推力も
Zガンダムを上回る。 これでZZガンダムの開発案がなければ、
Zガンダムの後継機として宇宙世紀の表舞台に颯爽と
登場できたかもしれないが、
結局、ZZガンダムの開発が優先され、このZⅡは開発されることはなかった



カミーユは、アムロの様に、母親と別居していたわけではないが、
母親は材料工学の技術者だった為、なかなか一緒に過ごす時間が少なかった。
ある程度は、家庭的であったと思われるアムロの母親と違い、
カミーユの母親ヒルダ・ビダンは、
よく言えば、自分の職業にとても忠実なキャリアウーマン、
悪く言えば、いさかか度が過ぎる仕事一辺倒の女性だった。

小説版『機動戦士Zガンダム』の終盤、
正常な思考ができないカミーユが
「技術で、金属工学で家庭を作るわけではないのに」ともらしていたことを
考えると、その仕事一辺倒ぶりが何となくわかると思う。

さらに、小説版『機動戦士Zガンダム』によると、
カミーユには、
精神的に子供に対して
絶対的な強さを示す『母親』が不在だったらしい。

想像になるけど、
それは、ヒルダ・ビダンは息子に対して、
行動の粗相を注意する様なことは、あっても
息子が悲しんでいる時、苦しんでいる時に
包み込んで守る様な事を全くしていなかったのかもしれない。

小説版『機動戦士Zガンダム』では、
カミーユは、母親の仕事一辺倒ぶりを何かと非難していたが、
それは、カミーユが物心ついた時から、ずっと
(年齢は関係ないかもしれないが)高校生になっても、
母親に、子供に対して絶対的な強さを示す
『母親』を求めていたということなのかもしれない。

だが、ヒルダ・ビダンは、息子が求めていたことに
こたえることなく、ティターンズの非人道的な作戦の為に
カミーユの目の前で命を落とした。

しかも、カミーユの心に、とてつもなく大きな傷をのこした。

その後のカミーユは、
後に敵対するパイロットだとわかっていても、
フォウ・ムラサメに惹かれ、

油断ならない相手だと感じこそすれ、
決して安心などできる相手ではないと頭ではわかっているのに、
ロザミアやハマーンに惹かれていた。

幼馴染のファに『ガンダム無双』で「女好き」と
揶揄されてもしかたがないぐらい、
敵味方関係なく自分より年上の女性に
惹かれていたが、
それは、フォウやロザミア、ハマーンに、本能的に
母親にずっと求めていたものを見出していたからだろうか。

さて、小説版『機動戦士Zガンダム』によると

カミーユは、
15歳の時まで、自分の名前を女の名前だとバカにする奴には、
ケンカを売っていた(さすがに、
それだと自分の生傷が絶えないと
思ったらしく、それ以降は、
自分の名前をバカにする奴は無視することにした)

学校でも、自分の興味のない学科の授業の時は、
「1日中、生徒を座らせるしか能のないバカな教師共」という意味も込めて
1日中背筋を伸ばしたまま、居眠りしていた。

精神的に子供に対して
絶対的な強さを示す『母親』が不在だった結果、
自分の苦しみや悲しみに屈服しないで
(時には抑え込んで)
気張って自分自身で処理するしかないと
思いがあるから、
その様な行動をとっていたのかもしれない。

そんな行動をとるカミーユを、
(カミーユが端正な容姿をしていることもあるからだろう)
同じ高校の生徒たちは
「石の少女」とよんだ。
また、エゥーゴに加担後も、このカミーユの反骨精神の固まりとも
言えるかもしれない性格の根本は変わることもなく、
アムロがカミーユと出会った時の最初の印象は
「可愛げがない」という印象だった。


そんな「石の少女」などと言われる様な少年だからこそ
自分の感情を吐き出すのが、とても脆弱かつ下手くそで
不器用だったのかもしれない。

物語の終盤、
ニュータイプの共鳴により、『母親』の心をもったロザミアが
相討ちという形でゲーツ・キャパの攻撃からカミーユを守った。

母親ヒルダ・ビダンにいくら求めても、得ることができなかった
精神的に子供に対して絶対的な強さを示す『母親』の存在を
ようやく得ることができたからかもしれない

「母さんが僕を守ってくれた」と
フォウの魂にカミーユは、穏やかで自慢げに語っていた。

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