小説版『機動戦士ガンダムZZ』を読みました その6

1月3日

※文章がとても長いので、何回かの記事にわけて述べさせていただいています。

(6)アムロ・レイ(後編)

一年戦争時代
まだ15歳の少年だったアムロは、
当初は、死にたくないから戦った。


カツ・コバヤシからすれば、アムロは
どんな危機からも、自分達を守ってくれるヒーローだったのだろうが、
一年戦争時代のアムロの戦いは、生きる為の戦いだった。


一年戦争時代のアムロの戦いは、確かに、
ララァ・スンに指摘された様に、
故郷への思いもない、守るべきものもない、
人も愛していない者の戦いだった。
(もっとも、生きる為の戦いをするアムロからすれば、最初は
ララァの指摘に対して、「守るべきものがないと、戦ってはいけないのか」と
反発していたが)

しかし、ララァとのニュータイプ同士の共振現象を体験することで、
「人の革新」を実感したからだろう。

アムロの生きる為の戦いにも変化がみられた。

ア・バオア・クーでの戦いでは、アムロは、
「人間は環境に従って変化していく能力を持っています。
そんな人の能力を阻止するものは拒否したい。 そんなものに対して
戦わなくちゃいけないってことです。」といっていた。

シャアは、かつて、妹であるセイラ・マスに
ニュータイプがニュータイプとして生まれ出る道を作りたいと
言っていたが、

アムロも、アムロなりの考え方で、
また、ニュータイプが、戦争以外で
ニュータイプとして生まれでる道を作るべきだと
おぼろげながらも思いはじめたのかもしれない

グリプス戦役で、宿敵であるシャアとの再会とベルトーチカの出会いが
アムロにララァのことをふっきれさせた。


第一次ネオ・ジオン戦争にて、アムロと再会した
ブライトが、本当に、これが7年間も連邦軍に
軟禁生活を強いられていた男なのかと
思わせるぐらい、アムロは心身ともにたくましくなった。

たくましくなった分、一年戦争時代のアムロにはなかった
ある種の落ち着きというか余裕みたいなものが
備わってきたと思う。


画像

(↑シュツルム・ディアス)


アムロとハヤト・コバヤシが、ガンダムチームに出会った時、
ハヤトは、その様子をだらしがないと評したが、
ガンダムチームに、一年戦争時代の自分をみていたのだろうか
アムロは、軍規だけでしばっていたら、ああいう子供たちのよさは
発揮できないと(多分、冗談まじりで)評していた。

また、単なる偶然なのだと思うけど、
グリプス戦役にて、カミーユに、アムロとシャアは
なぜ戦いが起きるのか 人が戦うことの意味というものを説いた。

(TV版と小説版の内容が混じってしまうが)
シャアはカミーユに説いた。
戦いが起きる理由は、人への不信感からだ。

つまり、人間は、他人を信じない
信じないから疑い、他人を悪いと思いはじめ、
人を間違わせ、人を戦いへと駆り立てる。

アムロは、カミーユに説いた。
戦いに意味なんてない。 人は戦うことで歴史を作ってきた。
そうしなければ、とっくに滅んでいた。

つまり、戦いそのものに、善悪の意味などない
生存本能が人を戦わせるから、戦いが起きるのだ。

アムロがカミーユに説いた内容は、
シャアの理論的且つ現実的な考えと違い、
どことなく楽観的だと思う。

ただ、この楽観は、
自分の都合よく理解するがゆえの楽観とは違い、
みたくない現実やみたい現実もひっくるめて見据えているがゆえの
楽観だと思う。

ララァのことをふっきったのも、
単純にララァのことを忘れたわけではなく
自分の過ちでララァを殺してしまった事実を受け入れたゆえに
ララァのことをふっきったのだと思う。

つまり、受け入れる強さをアムロは身につけたのだと思う。

そんなアムロだからジュドーに言えるのだろう
「素直に認めることだ 逃げてはいけない
受け入れてこそ、明日は見える」と


画像

〔↑ディジェSE-R(※1)

(※1)アムロがグリプス戦役で駆ったディジェをベースに
開発した機体 単にデザインだけでなく、機体の性能も
ディジェとは、全くの別物といってもいい程、高性能である。


(また、TV版と小説版の内容が混じってしまうが)
シャアは、能力がある者は、地球圏のために行動するべき
能力がある者に惰眠は許されないと思っていたらしく、
ニュータイプとしての才能があるカミーユに、
「次の世代の子供達に世作りをしなければならない」
「戦士は生きている限り戦わねばならないのだ」と言っていた。

アムロは、ジュドーに、
「君には、ニュータイプ能力を開花してほしい」
「宇宙は君の様な若いニュータイプにまかせたい」と
言う事があっても、

シャアの様に
「君はニュータイプとしての才能があるから
次の世代の為に世作りをしなければならない」などとは
言っていない。

アムロは、人というものを、よい部分も悪い部分も
見据えて、信じていると思われるので、

シャアの様に言わなくても、
ジュドーのニュータイプ能力が開花さえすれば、
運命が、ジュドーを間接的にだが、
次の世代の為の世作りに
導くだろうと考えていたのかもしれない。

さて、ジュドーは、
カミーユに、ニュータイプとして生きる道を
歩くように導かれた。

だが、その道は、まだまだ整えられていない様な
道だったので、アムロが、その道を、
歩く為の心構えと勇気を
ジュドーに、伝えたのだと思う。

第一次ネオ・ジオン戦争後
ジュドーは、別に誰に言われることなく、その道を歩きはじめた。

また、ジュドーとニュータイプ同士の共振現象を体験したカミーユも
徐々にだが、確実に、回復に向かっていた(※2)

(※2)詳細は確認していないが、
TV版「機動戦士ガンダムZZ」のラストでは、カミーユは
すっかり回復していたらしい。
ちなみに、小説版「機動戦士ガンダムZZ」では、
さすがに、完全に回復とはいかなかったが、
グリプス戦役での出来事を
かなり断片的にだが、思い出せる程に回復していた。

TVや映画では、
アムロ・レイは、確かにシャア・アズナブルの様に、
地球圏や新しい世代の為の世作りとして、
具体的且つ大規模な政治的な行動はとらなかった。

小説版「機動戦士ガンダムZZ」を読んでみると、
そんな世作りを担っていける若きニュータイプ達が
自分自身で育っていける様に、
アムロなりに支えて見守っていたと思われる。

(オフィシャルの設定かどうかはわからないが)
彼が宿敵であるシャアと共に
見守ってきたカミーユ・ビダンは
第一次ネオ・ジオン戦争後、完全に回復していたらしく、
宇宙世紀0099年には医者として活動していたらしい。

また、アムロが見守ったジュドーも
木星圏で、大いに活動していた。

確かに、アムロ・レイは、第二次ネオ・ジオン戦争で、
宇宙世紀の歴史から姿を消したが、
彼が見守り支えたカミーユとジュドーは

アムロに代わって、間接的にだが
宇宙でニュータイプがニュータイプとして
戦争の道具以外で生きる道を作りあげていったのだと
思われる。

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