『信長・秀吉・家康 一番好きな武将は誰?』余談

4月2日

以前、コネタマの記事のタイトルで
『信長・秀吉・家康 一番好きな武将は誰?』という記事があって、
そのタイトルをもとに記事を作成したのですが、
その記事で、織田信長について、コネタマに関係なく
別の記事で述べてみたいと述べました。

今回は、ブログの記事の方向性を考えてみる事も兼ねて、
信長・秀吉・家康について、述べてみたいと思います。

但し、述べるといっても、俺は学者ではないので、
大層なことや史実にもとづいたことを、

述べられるわけではなく、せいぜい、学校の授業や小説、漫画等で
知った事しか述べられない

しかも、その述べる内容については、
史実として正しくないかもしれないことは、
ご了承いただきたいと思います。


コーエーテクモゲームズのゲームで
おなじみの「信長の野望」シリーズや「戦国無双」シリーズ
「戦国BASARA」シリーズ、

漫画では、「いくさの子」、「夢幻の如く」、「花の慶次」、「影武者 徳川家康」
「殿といっしょ」等、主役や脇役等を問わず、織田信長を題材とした
様々なゲームや漫画等が登場している。

それらの漫画やゲームにでてくる織田信長には、
キャラのデザインやキャラの設定等、様々な違いはあるにせよ、
何というか、カリスマ性、並外れたリーダーシップと行動力、非情さ
並外れた胆力、並外れた野望等、

とにかく、
常人とは違いすぎる何かをもっている部分は共通していたと思う。

ただ、漫画「へうげもの」にでてくる織田信長は、
胆力や野望等、常人とは違いすぎる何かをもっていたが、

人情が決してわからないということはない
また、決して風流みたいなものを全く解さない
堅物というわけではないが、

自分にも他人にも、あまりにも厳格すぎるのではと思える程
生真面目な部分がある様に思われた。

小説ではいざ知らず、
漫画では、ほとんどないかもしれないと思うけど、
父親として、自分の子供達をかわいがっていたシーンがあること

金銭がもつ力を、どの大名よりも実感していたのでは
ないかと思えること

今まで読んだ漫画や
小説にでてくる織田信長とは、違っていた

しかも、その違いは、何の違和感もなかった。
それどころか、妙に納得できる違いだったと思う。

さて、漫画「へうげもの」を読んでみてから、
織田信長について、思うことがある。

織田信長は、楽市楽座をおこなった。
また、南蛮の文化にも、色々と興味をもった。

あれは、単純に経済を盛んにする為や
単純に、自分の支配地域の繁栄のために
南蛮の文化に興味をもったからではなく、

まずは、天下布武を確実に遂行できるために、
楽市楽座をおこない、南蛮の文化に興味を
もったのではないかと

経済が盛んになれば、
戦いで使用できる武器を多く準備する事ができる。

そうすることができれば、より確実に天下布武を確実に遂行できる。
(つまり、天下布武といっても、単純な力押しでは、
決して遂行できるものではないと考えていたのではないかと思われる。)

ただ、楽市楽座をおこなうことや
関所をもうけなかったことについても、
自由に誰もが商売できて、自由に、
自分の支配領域に行き来できるような
システムにはしていなかったのではないかと思う。

経済を発展させるために、もうけなければならない
規制とルールは、きっちりと一部の隙もなく
もうけていたと思う。

うろ覚えになるので、間違った部分はあるかもしれないが、
織田信長は、長篠の戦いの後だったか
嫡子に、家督を譲って、一応は隠居というかたちをとって、
官位も返上したらしい。
(多分だけど、政治の実権とかを、
全て譲っていたわけではなかったと思う。)

返上後も、将軍職など、
朝廷から官位をすすめられても、ことわっていたらしく、
すすめられる官位も自分ではなく嫡子にすすめるように
いっていたらしい。

それは、官位を価値がないものとか
思っていたからではないと思う。

隠居している者が、家督を譲った当主よりも、
偉くなってはしまっては、家臣達が、当主を軽く思ってしまうので、
官位をことわっていたのかもしれない。

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