『引退と隠居について』(その1)

6月25日

引退
その言葉の意味を簡単に述べると、
地位から身を退くことである。

さて、引退といえば、よくスポーツ選手等が現役から退いた後、
タレント等の違う職業になる場合や監督等、立場を変えて、そのスポーツに
携わる場合等、色々あると思う。

漫画でも、引退後、違う職業に就く場合や
立場を変えて携わる者等、
色々なケースが、描かれている。

そのことで印象がのこっている例として、
『ドラゴンボール』と『キン肉マンⅡ世』を
挙げてみたいと思う。

(1)『ドラゴンボール』

クリリンと孫悟空(以下悟空)は、10代前半に、
亀仙人こと武天老師の弟子となった。

後に、Z戦士として、戦友として、地球を守る為に、
共に戦うことになる2人だが、

10代の頃のクリリンとって、悟空は親友であり
超えるべきライバルだったのだろう
クリリンは、
単純に、悟空と武術を競いあっていただけでなく、

(年上なのに、年下の悟空よりも、背が低いことを気にしていたのだろう)
どちらが、身長が伸びるのかも競い合っていた。

(もっとも、身長に関しては、
3回目の天下一武道会の時には、
悟空に、大きく差をあけられてしまうことになるが)

クリリンは、悟空に、武術を志す者として、
自分は頭を丸めているのだと
言ってはいたが、単純に、強くなって女の子に、好かれたいという動機で
亀仙人の弟子になった。

動機は、不純だったが、武術に関しては、真面目すぎる
ライバルの影響を次第にうけていったからなのだろう。
武術の修行をクリリンなりに、真面目に行うようになった。

また、悟空が、師匠である亀仙人を超えて、ピッコロ大魔王を
倒すほどの成長を遂げたことを知った時は、
師匠のもとを離れて、独自で修行を行うようになった。

その結果、3回目の天下一武道会でピッコロに敗北したものの、
亀仙人や悟空に、賞賛されるほどの成長を遂げた。

その後、Z戦士として戦い続けたクリリンだったが、
セルとの戦いが終了した後、いつごろかは不明だが、
戦士を引退した。 しかも、結婚して妻子をもった。

単純に、引退しただけではなかった。
武術を志す者として、頭を丸めていたが、引退後は髪の毛を生やしていた。

(多少、うろ覚えの部分もあるけど)
また、亀仙人からも、師を越えたので、わざわざ亀仙流の道着を
着なくてもいいといわれても、着ていた亀仙流の道着を
天下一武道会の試合でも、着なかった。

(うろ覚えの部分もあるけど)
そもそも、引退した詳しい理由は、原作では、語られなかったと思う。

ただ、クリリンの師匠である亀仙人は、2回目の天下一武道会では、
弟子達に負けるわけにはいかないとこっそり修業をしていたが、
そんな自分をはるかに上回る天津飯の実力をみて、
若い世代の実力と台頭を実感した。 

もはや、自分の時代ではない
若者達の時代に自分の出る幕などないと


また、ベジータも、原作ではなく、アニメか映画での設定だと思うけど、
未来のトランクスによると、セルとの戦いの終了後、
一時期、腑抜けの様な感じになっていたらしい。

セルとの戦いで、悟空が命を落とした。
つまり、超えるべきライバルが、いなくなったことに、
激しいショックをうけていたのだと思う。

セルと悟空親子の戦いの一部始終をみていたクリリンにも、
2人と似た様な思いがあったのではないだろうか

もはや、自分達の時代ではない。 自分に武の道を
歩ませてくれた悟空も、この世にはいない。

そんな思いがあったからこそ、セルとの戦いが終了後、
戦士を引退したのではないだろうか。

余談になるが、戦士を引退後のクリリンは天下一武道会に参加したが、
クリリンと同門であるヤムチャは、天下一武道会に参加しなかった。
本人は、参加しても、恥をかくだけだと言っていたが、
内心では、ヤムチャも、かつての亀仙人同様、
若者たちの時代に、自分が出る幕など、
全くないと思っていたのではないだろうか。


戦士を引退後、クリリンは、どうやって生活していたのかは
わからないが、妻子にとっては、よき夫であり、よき父親なのだと思う。

また、若者達の実力を、認めた後は、のんびりと暮らしていたと
思われる師匠の姿をみていたのだろうか

引退後のクリリンは、結婚生活を満喫しているのだと思われる。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック