小説版『機動戦士Zガンダム』を読みました (余談 その3)

8月27日

(3)ダカールの日(前編)

宇宙世紀0087年11月 
シャア・アズナブルは
エゥーゴのクワトロ大尉ではなく、ジオンの子として、

エゥーゴが武力で占拠した
ダカールの連邦議会で

ティターンズの非と地球のために、
人類は宇宙にあがるべきであるとを訴えた。

いわゆるダカール宣言である。
この後、情勢はエゥーゴに大きく傾くことになった。

小説版『機動戦士Zガンダム』でも、シャアは
ダカールで演説をする。

TV版では、カミーユに、
シャア・アズナブルに戻らなければならないと言われて、
エゥーゴのシャア・アズナブルとして行動する決意を固めたが、
小説版では、
ブレックスの末期の言葉に、ジオンの子
シャア・アズナブルとして行動する決意をしたのかもしれない。

キリマンジャロでジャミトフを捕捉できない場合は、
ダカールでアジ演説をすることをシャアは発案する。

無論、演説するには、それなりの人物でないといけない。
名もない一人のエゥーゴのパイロットが演説したところで、
誰も聞かない 誰も認めない。

つまり、クワトロ・バジーナが演説をするわけにはいかない。

エゥーゴには、一年戦争の英雄であるアムロ・レイがいるが、
アムロでは、その演説の舞台にたつには、役不足なので、
シャア・アズナブルとして自分が演説するとシャアは発案する。

しかし、本人は決意を固めたつもりだったが、
シャアは、迷い、悩んでいた。

その迷いと悩みが言動にでていた。

キリマンジャロでの戦い終了直後、
ハヤト・コバヤシに、シャアは、
本当にアジ演説を行うのかといった
意味合いのことをたずねていた。
(もっとも、生真面目なハヤトにたずねたところで、
たちの悪い冗談か軽口にしか認識されていなかったのかもしれない。
結局は、用意をしてくれと言われるだけだったが)

また、シャアは、ノーマルスーツではなく、
ネクタイとスーツ、トレンチコートに身を包んでいた。

当然、出撃命令がでているわけがないのに、
自分の愛機である百式のそばにいたところを

ハヤトに見咎められ、今回の作戦は、
あなた次第であり、パイロットと違い、
交代要員はいないのですからねと強くいわれる始末だった。

アムロは、ネクタイとスーツ、
トレンチコートに身を包んでいるシャアをみて、
内心苦笑してしまったらしい。

別に、シャアのトレンチコート姿が滑稽だと思ったわけではない。
シャアが、そんな日常的な姿をするとは、
想像もしていなかったからである。

つまり、裏を返せば、そんなシャアの姿をみるまで、
シャアのことを特別視しすぎていた

シャアも、日常の姿をもつ人間であることに全く気付かなった
自分自身に、アムロは、苦笑したのかもしれない。


画像

〔↑プロトタイプZガンダム(※1)

(※1)ZガンダムのプロトタイプのMSであるが、可変機能はない。 
武器は、ビームライフルとビームサーベルのみである。
尚、プロトタイプZガンダムには、
百式型ヘッド、リック・ディアス型ヘッド、ネモ型ヘッドの3種類ある。


また、そんなアムロだから、
シャアが本気で迷っていることを察していたのだろう

シャア以外に、エゥーゴを率いる者がいないと励ました。

だが、アムロに励まされても、
シャアは、悩んでいた。 決断ができなかった。

そんな男がエゥーゴを率いることができるのかという意味で、

アムロにたずねた。

「自分一人の運命さえも決断できない男がか?」

シャアの問いに、アムロは、迷わず自信をもってくれという
意味で言ったのかもしれない。

「大衆は常に英雄をもとめているのさ
それが何であろうと構いはしない」

エゥーゴの率いる者となっても、
別に、シャアの意志でエゥーゴを自由に動かせるわけではない。

シャアは、エゥーゴの看板にしかすぎず、実質的に、
エゥーゴを動かすのは、
アナハイムの様な出資者達である。

また、人が大衆となった時は、貪欲だからとシャアが
アムロに嘆息をもらしていた様に、

シャアが苦悩していようがいまいが、お構いなしに、
人々が、期待や悲願の名のもとに、シャアに
欲望をかなえる道具たれと常に求めて続けてくるだろう。
(下手をすれば、かつてのザビ家の様な立場に祭り上げられて
無謀な世直しなどを迫られるかもしれない)

(指導者として活動する為にも、
大衆の支持が必要不可欠なので)
その要求に対して、うかつに拒絶することも
文句を言うこともできない。
常に、自分を抑制し続けなければならない。

アムロにきついともらしていた様に、

シャアは、
楽観的に物事をみることができるタイプの人間ではない

また、シャアは、ギレンやシロッコの様に、
自分自身に、絶対的な自信がある人間でもない。

そんな人間からすれば、
何の自由のない
苦しみしかない道のりを歩かされる様なものである。

しかし、シャアが舞台にたつ時が来ただけだ
きついけど、そうやって人は変わっていくものだと
アムロに促され、
シャアは、とりあえず、迷いを捨てて演説を行う決意を
あらためて、しなおしたのだと思われる。

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