小説版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を読みました その12

9月15日

(12)シャアの「狡さ」

小説版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』によると、

アムロは、シャアは、ティターンズの時代から、
自分に勝つ準備をしていたと言う。

また、メスタは、その性格上、
本人に、はっきりと言わなかったが、
シャアが、戦争をやる理由は、わかっていた。

シャアは、ララァ・スンのことで、
アムロと戦争をやるつもりだと 

だが、シャアのことだから、その為には、
自分自身で、倒さねばならない敵であるアムロを
知らねばならないと思うだろうから、

クワトロ・バジーナとして、地球連邦軍に潜入して
一度はアムロに近づき、確実に勝つ為の準備をしながら、
地球寒冷化作戦を遂行する日を待ったのだと

2人の考えは、間違ってはいないと思う。
だが、それだけではないと思う、

もし、それだけなら、
地球連邦軍に潜入する必要があったとしても、
エゥーゴに参画する必要はない。

シャアは、アムロに勝ちたい、
その為の準備をしながらも、
地球をティターンズから、守る為に行動しようと思った。
だからこそ、エゥーゴに参画したのだと思う。

かつて、TV版「機動戦士Zガンダム」で、
シャアは、カミーユに
「個人の感情を吐き出すことが
事態を突破するうえで、一番重要なこと」と
言っていた様に、

アムロに勝ちたい。
その思いを行動のエネルギーとしながら、

アムロに勝つ為の行動をするだけにとどまらず、
地球圏が、ティターンズに支配されようとする事態を
打破することも考えた。

つまり、シャアは、その感情をエネルギーとする行動を、

単なる私的なもの、私闘などにおわらせることなく、
公的なものへと昇華させることを
心がけてきたのだと思われる。

確かに、立派な行動で、
かつて、TV版「機動戦士Zガンダム」で、アムロが
評していた様に、ギレンやシロッコにはない
シャアがもつ「優しさ」とも言えるかもしれない。

だが、グラーブ・ガスがクェスに言っていた。

「大佐みたいなのが、間違えると、
コロニー落としを平気でやる」と

単純な
やきもちだけではなく、
グラーブなりに、察していたのだと思う。

シャアの「優しさ」は、ベクトルを間違えてしまうと、
「狡さ」に変わってしまう場合もあると

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TV版「機動戦士Zガンダム」で、
レコア・ロンドが、心が傷ついて苦しんでいる時に、

(レコアの傷心の原因に気付かなかったこともあるが)

シャアは、
自分に、その心の傷にふみ込む資格がないからといって、

シャアは、何もしてやらなかった。

シャアからすれば、資格がないものが、
心の傷に、ふみこむ様なマネをすれば、かえって、
その人の心の傷を深くする 

それならば、何もしてやらないのがいい。

それも「優しさ」だと思っているのかもしれない。

だが、シャアはレコアと恋人関係にあった。
レコアも、シャアに癒してくれることを望んでいた。

だが、シャアはレコアに対して何もしなかったあげく、
レコアを拒んだ。

レコアは、シャアのことを
「優しさ」を隠れみのにして、自分の傷心に対して
恋人として癒す責任を放棄した
ズルい人間だと思ったのだろう。

ティターンズに転向後、レコアはシャアに、

「自分だけ、いつも高いところにいようとする」だの

「世界が自分を中心に動くと思うな」と言っていた。

そんなシャアの「狡さ」を詰ることも含めて、
レコアはそれらのセリフを
言ったのかもしれない。

第二次ネオ・ジオン戦争をはじめて、
地球寒冷化作戦を遂行するのも、

シャアからすれば、
アムロに勝ちたいという思いを行動のエネルギーとしながら、
そのことで得られる一流のニュータイプの証をもって、
地球寒冷化作戦を遂行、

地球を汚染させ続ける地球連邦政府を粛清することで

地球を誰の手にも届かせず、汚染させない、
そのうえ、全人類をスペースノイド化することができる。

悪行だが、これこそが、自分の「優しさ」で、できる

(心から信じきっていないと思うけど)
地球を救う手段なのだろう。

だが、アムロはベルトーチカに言っていた
シャアにとって、地球寒冷化は、ついでの作戦、
人類の粛清をかけて、自分に互角のMSで勝ちたいと

シャアが、第二次ネオ・ジオン戦争をはじめた
最大の理由は打倒アムロなのだと思う。

しかし、打倒アムロを第一に考えているのならば、
別に人類の粛清なんて、かけなくてもいいと思う。

また、軍勢を率いることもないと思う。

シャアからすれば、人類の粛清をかけた戦争をはじめなければ、
アムロが、本気で自分と戦わないと
思っていたのかもしれないが、

アムロがベルトーチカに
シャアが自分に戦いを挑む気持ちはよくわかるつもりだと
言っていたように

(メスタをはじめとする部下達は、
決して認めてくれないだろうが)

別にアムロに、単独で勝負を挑んでも、アムロは
その挑戦状を受け取り、本気で戦ったと思う。

(万が一にもだが、)それで、アムロに勝利してから、
地球寒冷化作戦を遂行してもよかったはずである。

或いは、敗れて命を落とした場合に備えて、
後事を託せる者に地球寒冷化作戦を
遂行してもらうこともできたはずである。

だが、他人を信用しない男、

シャアは、
地球の人類の粛清をかけた戦争というかたちで、
アムロに挑んだ。

また、
互角に戦って勝つことが、
自分には真の勝利だとアムロに言っていたが、

ナイチンゲールが、νガンダムに破壊され、アクシズの破片が、
地球に降下しようとする様子をみて、アムロに
自分の勝ちだと言っていた。

自分の能力を全く信じていないシャアが、
MSパイロットとして、ニュータイプとして、

自分がアムロより優れているなどと
心の底から決して思ってはいない

サイコフレームを搭載した互角の性能を持つMS同士で、
戦わないと、自分の不信を払拭できないとはいえ、

その戦いで、決して自分が必ず勝つなどとは思っていない。

例え、MSでの戦いで、負けたとしても、
アクシズが地球に降下して、地球寒冷化作戦を遂行できれば、
自分は、アムロに互角の勝負をして、勝ったことになると
思っていたのかもしれない。

かつて、
「戦いとは、いつも二手三手先を考えて行うものだ」と言っていた
喰えない男の強かさと言えるかもしれない。

だが、みかたを変えれば
地球を救うという「優しさ」を隠れみのにして、
互角の戦いの結果を、どんな形でもいいから

自分の勝利につなげようとした男の「狡さ」とも
言えるかもしれない。

シャアは、他人はおろか、自分自身さえも信用していない。
その行動は、とどのつまり、自分の為だ。

だが、地球圏の状況を憂いていた。

自分の行動を昇華させて、
地球圏の為に行動していたことは、決して嘘ではない。

ベクトルを間違えると、
とんでもないことを(自覚はあるにせよ)

平気でしでかす
「狡さ」にかわってしまう

「優しさ」をもった男だが、

「ジオンの子」として、
スペースノイドの状況を憂いて、

スペースノイド達の為に、立ち上がったことは、
決して嘘ではない。

だからこそ、メスタやグラーブをはじめとする部下達は、
シャアに(色々と不満や不審はあると思うけど)
英雄の姿をみていたのだと思われる。

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